東京高等裁判所 昭和47年(う)2575号 判決
被告人 杉山俊夫
〔抄 録〕
次に所論は、原判決は杉山喬が自己の運転する自動車に被害者らを同乗させて海中に転落することで実行行為としては完了していると前提して有罪を認定しているが、被害者を溺死させるためには自動車の転落のみでは足りず、それ以上の何らかの積極的行為がなければ、実行の着手にも該当しないと主張する。なるほど、本件は共犯者の一人である杉山喬が自ら運転する自動車を海中に転落させたもので、しかも被害者のほか鷲巣省三も助手席に同乗していたのであり、転落時もユーターンする緩慢な速度で進行しており、転落後直ちに沈没したものではなく、しばらく浮上していたことが認められる。しかし、自動車が落下後海面上に数分間浮遊するものであることが物理上当然であるとの認識が一般的であるとはいえない。被告人らにも事前にその認識があったと認めるに足る的確な証拠はない。被害者は水泳に不得手であった(所論は、これを争うけれども、被害者自身原審において、これを証言しており、同女を救助した鷲巣も当審証人として、これを裏付ける供述をしている。)ことは明らかであり、たとい、落下後の状況が前記のとおりであったとしても、死亡に至る可能性が少なかったというに過ぎず、これを客観的に否定するまでには至らないのである。死亡の可能性もあり、犯人において必要と認める行為をした以上、実行の着手としては、原判決の認定で十分である。杉山喬がひとり先に脱出せず、車体のバランスを失わないように鷲巣と同時に左右から分れて脱出し、続いて脱出した被害者を鷲巣が背負って岸壁に泳ぎついたために、被害者が無事に救助されたからといって、それは杉山喬について中止犯の成立が考えられるに止まる。
(江碕 宮脇 桑田)